ごぼぼぼぼぼぼぼ
あっ、俺のうんこ!
近頃の大便器は、人感センサーを備え、立ち上がると勝手に流れる、みたいなハイテクなやつが多い。すげえと思う、人間様の文明万歳。シャワーでケツを洗い、トイレットペーパーで滴る水を拭き取りさっぱりとしてケツを上げるか立ち上がってパンツを引き上げる間には自動で流れ人間様は自分の大便を見なくて済むという算段だ。むしろ見ようと思うと股の間に視線を突っ込んで見るか、ケツを拭かずに素早く振り返るか、なんて馬鹿なことをやらなければいけない。汚物は見ずに済む素晴らしいシステムだ。
畜生、なんで途中で……しかも明らかに変な人みたいな声出しちまったじゃねえか
だが俺の感想は違う。自分が出したモノくらいこの目できちっと見届けて、ふんふんと納得してから流したいのだ。だが最近の水洗トイレと来たらそれをさせてくれない。きっとあの黒い四角の中にある人感センサーが、俺がケツを上げたことを察知して素早く流し去るのだ。それでは俺はヤツの顔を拝むことが出来ない!
流すときにはここに手をかざしてください
これが、嘘なのだ。
中には本当に手をかざすまで流れない誠意ある便器もあるが、最近はそう書いてあるにも拘らず殆どの便器が、俺がケツを拭いている間に勝手に流しやがる。今の職場のトイレがそんなお節介なものだから、俺は自分の大便を見られないことが格段に増えた。それどころか座っている間に勝手に流れることさえある。こうされては見れるものも見れやしない。そんなオートマチックお節介便器はどんどん生息数を増やし、今や日本中を席巻しようとしているかのようだ。何故、急にそんなことになったのだろう。
俺の便には何か特別な成分が含まれているに違いない
最初ふとそんな思いが頭をよぎったとき、最初は自分でもバカなことをと思ったのだが、回数を重ねる内に強ちバカな妄想ではないのではないかと、思い始めていた。
きっと俺だけがターゲットではない。日本中の、大便をするアイドル以外の人間は全員標的になっている。うんこを、出した本人に見られてはいけない理由がきっとあるのだ。だとすると便器メーカーの陰謀に違いない。もしくは食物メジャー、医学界、いくつか考えることは出来る。きっとうんこに何らかの物質が含まれていて、それを本人に知られぬ内に回収しているに違いない。
現代人はうんこに関心を持たなすぎなのだ。子供の頃にすっかりと興味を失っていまい、大人の知能でそれを認識することが殆ど無い。それをするのは医者くらいだ。臭いものに蓋という言葉は日本人の悪い習慣だ。ハレ(はらえ)とケ(けがれ)を二分し、後者をひたすらに忌避し続ける日本古来からの悪癖にほかならない。
うんこの成分は食い物か腸内細菌だし、最終的に回収する窓口は下水道か便器。回収系はうんこの中身を気になんてしないことを考えると、やはり食物に関わる巨大カルテルが暗躍しているか、うんこの遺伝子情報を収集したい医学界か国家、それらが便器と下水を買収している。
衛生に関わるインフラと、かけがえのない大便が、社会に悪用されている。
一体、俺の腸はどうなってしまっているんだ
知られると国際問題になりかねない物質が含まれた穀物、野菜、肉、魚、何らかの輸入食物を食わせていながら、その証拠を隠滅するため。もしくは国民の胃腸には既に何か仕掛けをして、何らかの成分を生産するように改造されていて、それを秘密裏に回収しているとか。
例えば、実は錬金術が極秘裏に成功していて、それは人間の腸内で行われる?
金には限らない、もしかするとなんらかのレアアースかも知れない。特殊な化合物かもしれない。たとえば一回の便に0.01グラムムのそれが混じっているとしたら、100人分の自動うんこ回収システムを構築しておくだけであっという間に1グラム集まるのだ。どちらかと言うと金銭価値よりも、地球上に自然に存在する量が限られていて高い金がかかっても作らねばならない物質だろう。
つまり、排便周期とその「見られてはいけない何らかのうんこ」が出て来るタイミングとを見極めて、俺達の目に触れぬように回収しているのだ。
いや、まて。新しいとは限らないのではないか
自動うんこ回収システムの登場付近でうんこの中に新しいものが現れたのではなく、元から存在していた何かを回収しようとして慌てて設置を急いでいるのではないか?昔からうんこは健康のバロメータと言われている。
大便の状態を確認出来ない以上は自分の体の状態を察知する手段を一つ失うということなのだから、これは損失として捉えてもいい筈ではないか。
実は正体不明の寄生虫が蔓延していて、それは時折大便に混じって大量の卵を排出するから、気付かれぬよう回収しパニックを招かないために隠蔽しているとか。
クソッ、これは訴訟に値するぞ
陰謀が張り巡らされている理由は、今の俺のオツムでは計り知れない。だがその計画に諾々と従ってうんこを回収されているのでは腹の虫が収まらない。いや寄生虫は困る。
俺が見ていない間に流されたうんこが黄金に輝いていたとか、体調に問題がないと思っていたのにうんこは血混じりだったとか、虫卵だらけのうんこだったとか、そんなのを想像しただけでも卒倒してしまう。
とにかく、見えないというのはどうにも落ち着かない。人間の恐怖の原動力の大半は未知から来るのだ。自分の体から出てくるものを未知の物質のまま回収されたのでは堪ったものではない。
この日から、自動回収されうんこ救済プロジェクトが始まった。
外で大便をするときには必ずカメラを持ち込む。頭が小さく隙間の奥を撮影できる、ああいう怪しいやつだ。しかも盗撮を疑われてはかなわない、このプロジェクトの期間中は、不本意ながら警備の厳しいトイレでの排便は極力避けることになる。排便時には小型カメラの頭を便座の中に潜り込ませ常に糞を撮影する。
今日も今日とて、俺は便座に腰掛ける。なんせ昨日はいきなりステ○キをたらふく食ったのだ、鼻がひん曲がるほど臭いべっとり糞が大量に出るはず。便意が来たときには俺は半ば歓喜にも似た感情を持ってトイレに向かった。そしていつも通り、グースネックカメラを便座の隙間に差し込んだ状態で、めりめりと俺のケツ穴を押し広げて出てくるモノの感触を確かめる。柔らかい、ただ肉ばかり食っていたのでは調子が悪くなりかねないと、帰宅後に牛乳を二杯のんだ成果があったかもしれない。
ぱしゃり
今回もいい写真が撮れた。
俺のスマホのフォトディレクトリはあっという間にクソまみれになった。一度確認してしまえばこんなものをとっておく必要はまったくないのだが、なんとなく捨てるに捨てられずに削除せずに保存しっぱなしにしていたのだ。もううんこ写真ばっかり枚位ある。これで俺は医療関係者じゃないと言うんだから、誰かにこのフォトディレクトリを見られたりした日には、スカトロマニアの嫌疑不可避だ。だがまあ集めてみると……なんとなく愛嬌のある写真集になりそうな気もしてきた。しないけど。
このプロジェクトのお陰で体調と糞の状態のリンクを確認することに不安感がなくなって、それはそれでストレスリーなのだから、一応功を奏してはいるようだ。だが肝心の、自動回収対象となったうんこの撮影には一度も成功していない。と言うのは、この自動回収されうんこ救済プロジェクト発動以来、一度も自動回収水洗が行われていないのだ。
……やつらめ、俺の計画に気づきやがったのか
『やつら』が誰なのかは知らないが、あの黒い人感センサーは、ただの赤外線センサーではないのか。まさか通常の光学カメラが搭載されていて、うんこ撮影の行動がバレているのではないか。
状況はかなり進んでいる。と言うのは、画像解析によってうんこ撮影が既に対策されているのか、あるいは、映像を確認して水洗を止めるための巨大チームが既に組織され機能しているということだ。A.I.が既にこれを監視しているのかもしれない。これは恐ろしい。何らかの巨大組織による計画的な盗撮と、自らのうんこを知る権利の侵害だ。
やつらのうんこ回収にかける情熱は半端ではない……こうなったらもう根比べだ。やつらが諦めて俺の撮影中に大便回収を実施するか、それとも、おれが撮影を諦めるか
俺は決意を新たにする。だがその根比べの均衡を破る日は想像よりも早くやって来た。
俺のバカ野郎、何故、何故カメラを忘れてきた!
その日、俺はついにカメラを家において出社してしまった。それでも勤務時間中に便意が来ない日であれば問題なかったのだが、最悪だ、来てしまった。来てしまったのだ。職場の便器は自動水洗トイレだ。もし今日が自動回収対象日ならば、俺が立ち上がった瞬間すぐに大便は回収されてしまう。愛しのうんこをこの目で見ることが出来ない。いつから愛しくなった。
一日くらいうんこ日記に欠けが出てもいいのだが、仮にこの日に自動回収の憂き目にあってしまおうものなら、俺は一生後悔するかもしれない。
会社を出て別の施設で排便することも考えたが……そこまでの情熱は俺にはなかったらしい。だいたい、絶対にどうしても貴様らに俺の糞はくれてやらねえ、というのなら、外ではエマージェンシーな袋にでもすればよいのだ。が、そこまでの根性はない。
それに、自動回収されたうんこが、その外見的な特徴をしてすぐにその理由を把握できるものであればいいが、そうでないのならそうでないということも知っておきたい。コンビニでうんこしたときに寄生虫がうごめくような大便が出て来ればそれはすぐにそうと分かるが、中に0.01グラムだけ入っている希少性物質の回収を目的とされてしまえば、それはわからないままになってしまうということだ。理想を言うなら、俺は自分のうんこを、自動回収システムが回収したという事実とバンドルで撮影したいのだ。
だがそうは行かない。手元にカメラはなく、便意は急を要する。激走下り超特急だ。
大丈夫だ、下っているときは回収されない。なんとなくそうだった気がする
俺はトイレに駆け込み、カメラがないことをくやみながらも便座に腰を下ろして、排便の快感に身を委ねる。下痢というほどではないが柔らかめのものが出てきた。悪いものを食った記憶はないが、確かに余り体調が良くなかった。
ごぼっぼぼぼぼぼぼ
あっー
俺は言葉を失っ……てない、いや言葉にはなっていないから間違ってはいないか。また変な声を出してしまった。個室に響き渡った音は、明らかに自動回収だ。ハイテクな水洗トイレによくある渦を巻いて勢い良く流れていく便器によくある、ケツに触れる空気の気圧が下がってヒンヤリとするあの感触、間違いない。俺の今日の便は、自動回収されたにも関わらず撮影することができなかった。
ちく……しょうっ……!何でカメラ忘れた日に限って、回収対象のが出るんだ!
俺はぱんつを卸して便座に腰掛けた間の抜けた姿のまま、真剣に申告に膝を叩いてしまう。うんこ一つで何でこんなに深刻になってるんだ俺は。いや、だがこれではっきりした。やはり大便自動回収システムは既にかなり高度なレベルに達している。そして明らかに、大便を見られないように回収している!
俺は無力感に苛まれながら、その日の排便を最後まで済ませ、すっきりしたのにすっきり出来ずトイレを出た。
あれ以来、もうカメラを携えて大便に立ち向かうのを、俺はやめた。
そうしてみると、それだけで随分と開放されたような気分になった。撮影を開始してから暫くは、そのほうがストレスを感じないと思っていたと言うのに、いつの間にか撮影の義務感に寄ってストレスを得ていたと気づいたのだ。
だが、ストレスの有無にかかわらず、ハイテク便器の前では自分の大便を確認できないというもやもや感は今でも残っている。
だから今でも、途中で水洗が行われたりしたときには、思ってしまうのだ。
今のうんこ、金色だったんだろうなー